教育虐待は単なる教育方針の違いではありません。親の心理や子どもへの影響を解説し、家庭内で安全基地を作る方法や記録の残し方を提示します。批判ではなく相手の良心に届く対話と客観的な状況整理で、子どもと自身の安全を守る一歩を踏み出しましょう。
教育虐待とは。それは夫婦の教育方針の違いだけなのか?
「子どもが親に勉強させられる」
一見すると、どこの家庭にもありそうな光景です。
けれど、その「勉強させる」の中に、子どもの心や身体を傷つけるほどの強制が含まれていることがあります。
たとえば、
・睡眠時間が十分に取れていない
・友達と過ごす時間や遊ぶ時間がほとんどない
・いつも親の顔色を見ている
・子どもの表情から笑顔が消えている
それでも親は、
「この子の将来のため」
「今頑張らせなければ、この子が困る」
と言いながら、極端な勉強を強いていきます。
そして妻、あるいは夫が、
「そこまでしなくてもいいんじゃない?」
と止めようとすると、今度は配偶者に激しく怒ったり、暴力が出たりする。
止めに入ったことで、子どもへの叱責や圧力がさらに強くなることさえあります。
そうなると、もう単なる「夫婦の教育方針の違い」ではありません。
教育虐待とは、教育やしつけを理由にして、子どもの心身を傷つける行為を指して使われる言葉です。
「教育虐待」という名称そのものが法律上の独立した虐待分類になっているわけではありませんが、勉強を理由に殴れば身体的虐待になり得ます。
脅したり、人格を否定したり、無視をしたりして従わせれば、心理的虐待に当たることがあります。
また、子どもの前で配偶者に暴力を振るうことも、子どもへの心理的虐待に含まれます。
私の家でも、かつて夫が息子のテスト結果を見て、怒鳴り散らし、手を上げたことがありました。
高額な塾の費用を出していたのは夫でした。
「これだけお金をかけているのに期待に応えない」
「なぜ言われた通りに勉強しないんだ」
夫の中には、そんな怒りがあったのだと思います。
私が息子を庇うと、それが火に油になったこともありました。
暴力によって家族の意見を封じるのであれば、もう「教育に対する夫婦の温度差」という言葉だけでは片づけられないのです。
教育虐待をする親の心理と、子どもへの影響
教育虐待をする親に、子どもへの愛情がまったくないとは限りません。
むしろ本人は、
「こんなに子どものことを考えている」
「子どものためにやっている」
と思っていることもあります。
だからこそ厄介なのです。
一人の人間の中に、
「子どもを愛している気持ち」と、
「子どもを傷つける行動」が、
同時に存在している,
親自身の劣等感、将来への不安、学歴への強いこだわり、失敗への恐怖。
そうしたものが、子どもへの過度な期待やコントロールにつながっている場合もあります。
すると、配偶者から
「子ども、疲れているよ」
「少し休ませたら?」
と言われただけでも、
「自分を否定された」
と受け取ってしまうことがあります。
私の家でも、夫が息子に、
「俺の言う通りのやり方で、なんで勉強しないんだ!」
「言う通りにしろ!」
と怒鳴り、暴力を振るったことがありました。
それでも息子は、
「父親の言いなりにはならない」
と言いました。
夫はますます怒り、収拾がつかなくなりました。
少し時間が経ち、夫が落ち着いた頃。
私は夫を批判する言葉をぶつける代わりに、こう言いました。
「あなたは息子を思って、言ったんだよね」
もちろん私は、暴力で息子を自分の思い通りにしようとする夫のやり方に賛成したわけではありません。
むしろ、間違ったやり方だと思っていました。
それでも、夫の中にあった「息子を思う気持ち」の部分だけを見つけて、そこに言葉を届けてみたのです。
夫はその場では不機嫌そうに、私に背中を向けていました。
ところが翌日。
「子どもに怒ってしまう背景には、親自身の側にも原因がある」という内容の子育て本を買ってきて、一人で読んでいました。
夫が自分自身の問題に目を向けようとする姿を見たのは、その時が初めてでした。
私はそこで、
人を変えたい時、批判だけでは届かないことがある。
その人の中に残っている愛情や良心の部分に言葉を届けることが、変化のきっかけになる場合もあるのだと知りました。
ただし、ここはとても大切なところです。
相手の弱さを理解することと、暴力を許すことはまったく別です。
暴力は、愛情があれば許されるものではありません。
そして、子ども時代に受けた虐待の影響が、大人になってからも残ることがあります。
・失敗すると、
「自分には価値がない」
と感じてしまう。
・人から評価されないと不安になる。
・親への怒りを何年も抱え続ける。
・成人後、親と距離を取る人もいます。
もちろん、すべての子どもが同じ経過をたどるわけではありません。
だからこそ、今ここからでも、子どもにとっての「心の安全基地」を増やしていくことには意味があると、私は思っています。
夫婦で話し合えないとき。教育虐待から子どもを守るために
まず大切なのは、教育虐待をしていない側の親が、子どもに安心して休める時間と場所をつくることです。
・厳しい親がいない時間に、少し外へ連れ出す。
・友達と過ごす時間を確保する。
・好きなことをしてよい時間をつくる。
家の中に「怒られずにいられる場所」を少しでも増やしていく。
それだけでも、子どもにとっては大きな意味があります。
教育虐待をしている親は、自分の行動を虐待だと認識していないことが少なくありません。
むしろ、
「自分は教育熱心な親だ」
「こんなに子どものことを考えている親はいない」
くらいに思っている場合もあるのです。
ですから、問題に気づいてすぐに親が変わる、というケースばかりではありません。
そして、家庭の中で起きていることが教育なのか、しつけなのか、虐待なのか。
毎日その中にいる家族自身にも、境界線が分からなくなってしまうことがあります。
###記録を残す
そんな時、安全にできる範囲で始めてほしいのが「記録」です。
・日時。
・勉強していた時間。
・親が言った言葉。
・子どもが言った言葉や表情
・暴力があったか。
・自分自身がどう感じたか。
できれば「起きた事実」と「自分の気持ち」を分けて書いておくと、状況が整理しやすくなります。
たとえば、架空の例ですが、
「19時から23時まで勉強していた。子どもが『眠い』と言うと、夫が『終わるまで寝るな』と言った。私が止めると腕を強くつかまれた。私は怖くなり、それ以上言えなかった」
というように書きます。
記録を書くことによって、家庭の中で何が起きているのかを客観的に見ることができます。
「私が大げさなのだろうか」
「これくらい普通なのだろうか」
と混乱していた気持ちが、少し整理されることもあります。
そして、もし後になって第三者へ状況を説明する必要が出た時には、その記録が助けになる可能性があります。
ただし、記録が見つかることで暴力が強まる危険がある場合は、安全を最優先してください。
子どもには、安全な時に、
「怒られるのは、あなたの存在が悪いからじゃないよ」
と伝えてほしいと思います。
子どもは、親に責め続けられると、
「自分が悪いから怒られるんだ」
「もっと頑張れない自分がダメなんだ」
と受け取ってしまいやすいからです。
そして、教育虐待は父親だけがするものではありません。
母親側が過度に子どもの勉強や進路をコントロールしているケースでは、問題がさらに見えにくくなることがあります。
周囲からは、
「教育熱心なお母さん」
「子どものために一生懸命なお母さん」
に見えるからです。
本人もまた、「子どものため」という強い信念を持っているため、自分の関わり方を見直す機会を持ちにくいのです。
そして、子どもが不登校になったり、引きこもったり、心身の調子を崩したりして、初めて家庭の問題が表面化するケースもあります。
子どもの状態が悪化しているのに、
「もっと頑張らせなければ」
「この子の根性が足りない」
とさらに追い込んでいるとしたら、大人の側が一度立ち止まる必要があるかもしれません。
教育虐待の背景には、子どもの問題というより、親自身の不安や劣等感、自己肯定感の低さ、失敗への恐怖などが隠れていることがあります。
だから、本当に支援が必要なのは子どもだけではなく、
「なぜ私は、ここまで子どもを思い通りにしたくなるのだろう」
と、大人の側が自分自身を見つめるためにカウンセリングが必要なのです。
配偶者の弱さを理解することは、愛だと思います。
でも、
相手を理解するために、自分や子どもが暴力を引き受ける必要はありません。
夫を悪者にすることでもなく、
妻を責めることでもなく、
まず子どもと自分の安全を守りながら、
「この家庭で、今何が起きているのか」
を冷静に見つめること。
そこから、家族を守るための次の一歩が始まります。

