親の介護を娘一人で背負い、兄弟との相続が同じなのは不公平?介護の負担感や相続へのモヤモヤを解消するための具体的な役割分担や、自分が壊れないための線引きの考え方を解説します。
親の介護をしたのは、ほとんど娘の私。
親の愚痴や寂しさを聞くのは、いつも娘の私だった。
病院へ付き添い
ケアマネさんとの連絡し
老人ホーム探しや役所の手続き。
入院費や介護費用の確認。
足りないものを届けるのも、
全部娘の私だった。
兄や弟はたまに顔を見せるだけで、何もしなかった。
それなのに親が亡くなったら、
「相続は兄妹で平等に」
と言われた。
頭ではわかっている。
でも、なんで?
「あれだけ私がやったのに」
「あなたたちはほとんど何もしなかったじゃない?」
そんな気持ちになってしまう女性は、決して珍しくないんですね。
そして介護が終わったあと、
「もう兄弟とは、付き合いたくない」
と、縁が切れることさえあります。
この、介護を背負うやるせなさを、どう扱ったら良いのでしょうか?
親の介護を一人で背負う娘が「兄弟を許せない」のは、お金だけの問題ではない
介護した娘が腹を立てているのは、相続のお金だけの問題ではありません。
本当に苦しいのは、
「私の負担を、誰も見ていなかった」
という感覚なのだと思います。
介護は、オムツ交換や入浴介助だけではありません。
デイサービスや老人ホームを利用するにも、通院や入院するにも
大量の書類を書く手間があります。
その度に、親とコミュニケーションをとり
急変するようなことがあれば、
自分の予定を変えてまで、対応しなければなりません。
一つひとつは小さなことに見えるかもしれません。
介護していない兄弟には、
「そんなに大変なの?」としか思われないかもしれません。
けれど、介護している側は、
自分の人生の一部をずっと親のために空けています。
この「見えない拘束」が、とても大きいのです。
私自身も体験してみて、改めて感じました。
親の介護は、何か一つ手続きをしたから終わり、ではないのです。
仕事は際限なく流れて来る…それが介護です。
だから、介護を担った娘が
「兄弟は何もしなかった」
と思う感覚の奥には、
「私はこんなに頑張ったのに、誰も私を労ってくれなかった」
という悲しさも含まれています。
介護に報酬はない
親の介護は、これだけやったのだから、給料が出る、というものではありません。
「相続で、その分いつか報われるはず」
と思ってしまうと、とても苦しくなる可能性があります。
親は、介護をした女の私に感謝してくれるはず。
兄弟は最後にわかってくれるはず。
相続の時にはきっと少しは配慮してくれるだろう…
介護の負担が兄妹、もしくは姉弟で不公平な場合、そう期待したくなりますよね?
でも、現実はなかなかそうはなりません。
介護は、感謝や相続という報酬があるわけでないのです。
では、親の介護とは、
「無償で尽くしなさい」
ということなのでしょうか?
いいえ。そんなことはありません。
もしも今、娘である自分ばかりが、実質的に負担を背負いすぎているのなら、
その背負いすぎている部分の荷物を下ろす選択肢を考えて良いのです。
「ここまではやります。でも、これ以上は私にも人生があるので、できません」
親にも兄弟にも、それを伝えて良いのではないでしょうか?
私も親の介護の問題が始まった時、
「私はどこまでやるのか」
ということを、とても考えるようになりました。
できることはしますが、
できないことまでやると、自分が壊れるということを、身を持って体験しました。
もし分担できる兄弟がいるのなら、兄弟がやらない分を、
「では私が全部」
と引き受け続けなくていいと思います。
いまだに日本の社会では、
介護は女がやるもの…という風潮が残っています。
もちろん男性で、仕事を辞めて介護に勤しむ人もいらっしゃいますが、それは女のきょうだいがいないか、結婚もしていないか、の場合です。
そしてまた、育てられ方によっては、
親の人生のために自分の人生がある、そんな風に思い込んでいる「娘」も少なくありません。
「あなたは親の面倒を見て当たり前」
「育てて来た恩を忘れたの?」
無言の圧力をかけて来る、そういう親も少なからず存在します。
だからこそ、線を引くことが大切なのです。
もし介護したことを
「あんなにやったのに…」
と後から虚しく感じるくらいなら、
自分で納得できる線引きをした方が良い。
もしかしたらすでに、
自分の限界を越えているサインが出ているかもしれません。
正直な気持ちを、
自分の心に聞いてみましょう。
【具体的な行動】親の介護で後悔しないために「私はここまで」を決めておく
では、どうしたらいいのでしょう。
私は三つあると思っています。
一つ目は、
介護を始める段階で、きょうだいの役割を言葉にすること。
「どうして私ばかりなの?」
「手伝ってほしい」
という言い方では、喧嘩をふっかけている印象になりがちで、あまりおすすめできません。
「私は通院を担当するから、お兄さんは施設との連絡をお願い」
「私は月2回行くから、弟も月2回行って」
くらい具体的に伝えるのが良いかと思います。
すると、相手も具体的に検討しやすくなります。
もし、忙しくてできないと言われたなら、
「では、◯◯代をお願い」
とお金の負担をお願いしてみましょう。
介護は、「善意のある人が全部やる」という仕組みにすると、必ずどこかで無理が出て、破綻が起きます。
二つ目は、
自分がやったことを、自分で認めることです。
親や兄弟に、「ありがとう」
と言ってもらえないことは、よくあることです。
でも、自分で「私はよくやった」と
私自身が認めてあげることはできますよね。
何の報酬にもなっていないと、思わないでください。騙されたと思って、自分で自分を褒める習慣をつけてみると、驚くほど、不平不満が溜まりにくくなります。
そして三つ目。
介護が終わった後の人生を、介護している最中から考えておきましょう。
親が亡くなったあと、
自分は何をしたいのか。
どこへ行きたいのか?
何を楽しみたいのか?
「こんなことを考えてはダメ!不謹慎!」と考えること自体、
親に自分の人生を捧げすぎているかもしれません。
頭の片隅で考えておくぐらい、全然不謹慎ではありません。
自分の人生を考える力まで失う方が、不健全なのです。
義理の親を介護している義姉妹に、夫の妻としてどう接したらいい?
実は、ここもとても大切なところかと思います。
ご家庭によっては、長男のお嫁さんが、舅姑の介護を担っているケースもありますが、
現代は、お嫁さんよりも、実の娘が介護を担うことの方が多いよくです。
夫の姉や妹が、
夫の親を一生懸命介護している場合、
夫自身は仕事などを理由に、それほど関わっていないと、嫁としてはなかなか難しい立場になります。
一番避けたいのは、
「うちには関係ない」という態度です。
ここまでどのような関係性が築けていたか?にもよりますが、
「相続は当然、夫の分はいただきます。でも、介護は実の娘ではないので、一切やりません」
と、義姉妹に伝えてしまうのは、あまりにも愛がないかもしれません。
もし、介護に関わらないのであれば、
「いつもありがとうございます」
「何かあれば、言ってください」
と、労いを伝えるようにはしましょう。
夫には、
「お姉さんに任せっぱなしになっていない?」
と、時々気にかけてている気持ちを伝える。
…これだけでも違います。
介護している人が一番傷つくのは、手伝ってもらえないこと以上に、
やっていることを当然だと思われることだからです。
まちがっても
「お姉さんが好きでやっているんだから」
「実の娘なんだから当然でしょう」
という態度は見せないようにしましょう。
たとえ本人が、
「私がやりたいからやっている」
と言っていたとしてもです。
介護は、誰か一人の自己犠牲で成り立たせないことが大切です。
親の介護をして、
兄弟を嫌いになってしまった人もいるでしょう。
相続の話になって、
「結局残されるものは同じなの?」
と悔しくなっている人もいるでしょう。
反対に、義姉や義妹に任せきりになっていて、
少し心に引っかかっている人もいるかもしれません。
介護に正解はありません。
「私は、どこまでなら愛でできて、どこから先は自己犠牲になるのだろう?」
この境界線は、その人その人で違います。
「普通はこうする」はありません。
自分で愛の境界線で決めることが、
健全な介護の鍵になると思います。

