きょうだい差別・搾取子を抜け出す!自分の人生を取り戻す方法

コラム

「どうして私ばかり…」という苦しみは家族内で固定化された役割(搾取子)が原因です。自己犠牲の思考パターンに気づき、親との境界線を引くことで、他人のためではなく自分自身の人生を生きる第一歩を踏み出せます。

きょうだい差別・愛玩子と搾取子|「どうして私ばかり」が消えない理由

「愛玩子(あいがんし)」と「搾取子(さくしゅし)」という言葉を聞いたことはありますか?

これは、毒親や機能不全家族の中で見られることがある、きょうだい差別を表す言葉です。

一人の子どもは大切に守られ、甘やかされる。

一方でもう一人は、

「あなたがやって当たり前」
「お姉ちゃんなんだから」
「あなたしかいないでしょう」

と言われ続け、親の期待や責任を背負わされて育つ。

同じ親から生まれた兄弟姉妹なのに、まるで役割が違うのです。

読者さんの中にも、

「弟は何もしなくてよかったのに、私は毎日家事をさせられた。」

「親の介護も私ばかり。」

「兄は自由なのに、私は親の顔色ばかり見て生きてきた。」

そんな経験をされた方も少なくないのではないでしょうか?

私はカウンセリングをしていて感じるのですが、

「私が悪いから、何か足りなかったからこうなった。」
と思っている人が案外多いことです。

でも、本当にそうでしょうか。

もしかしたら問題は、あなたではなく、家族の中で与えられた役割だったのかもしれません。

毒親家庭に多い「愛玩子」と「搾取子」の役割とは?

一般的には、

長女が搾取子になり、
末っ子や男の子が愛玩子になるケースが多いと言われています。
もちろん、すべての家庭がそうではありません。

私の家庭は少し違いました。

障がいのある姉は、母にとって「守らなければならない存在」でした。
「この子は何もできない。」
そう思っていたのでしょう。

姉には常に手を差し伸べ、守り続けていました。

一方、私は、
「あなたはできる子。」
「やってくれて当たり前。」
そんな立場でした。

母は、私を搾取しようと意識していたわけではないと思います。
けれど結果として、

親の気持ちを察することも、
家族の調整役になることも、

いつしか私の役割になっていました。

できれば褒められる。
できなければ責められる。
断れば罪悪感。

そんな毎日を何十年も続けていると、

「自分の人生」よりも、
「親の期待に応える人生」の方が普通になってしまいます。

そして大人になってからも、
親の介護、
病院とのやり取り、
役所の手続き、
家族の問題…。

気づけば、
「結局また私か…。」
という出来事が繰り返されるのです。
母が入院した時もそうでした。

病院では、
「大部屋なので携帯電話はご遠慮ください。」
と言われていました。

ところが母からは
「携帯を持って来て。」
と言われます。

少し迷いながらも持って行きました。

すると数日後、

今度は病院から電話がありました。

「充電器を持って来てください、とのことです。」

病院から電話があると、

何か急変したのではないかとドキッとします。

だから慌てて電話に出たのに、
内容は充電器のことでした。
しかも病院からだけでなく、
ケアマネジャーさん経由でも連絡が来ました。

その頃の私は、ぎっくり腰がまだ治りきっていませんでした。

それでも、
「行かなければ。」
そう思ってしまう自分がいました。

あとから振り返ると、
この「行かなければ。」
という感覚そのものが、
長年身についた搾取子の思考だったのだと思います。

愛玩子・搾取子から抜け出すために必要なのは「境界線」

私は最近、ひとつ気づきがありました。

それは、

搾取子だった人は、「頼まれたことを断る」よりも、「頼まれた瞬間に動いてしまう」ことが習慣になっているということです。

断る以前に、
自分の都合を考えるという発想がないのです。

まず必要なのは、
「これは本当に私がやることなのだろうか?」
と一度立ち止まることです。

すぐに返事をしない。
一晩考えてみる。
他に方法はないか確認する。

それだけでも、長年続いた家族の役割は少しずつ変わり始めるかもしれません。

そして、もう一つ大切なことがあります。

愛玩子も、搾取子も、本来はどちらも被害者です。
被害者意識を持て、ということではなく、構造を理解しなければならないということです。

問題なのは兄弟姉妹ではないのです。

家族の中で役割を固定してしまった関わり方に問題があります。

だから
怒りの矛先を兄弟に向けてもいみがありません。

「私はずっと、この役割を背負ってきたんだ。」

と気づくことが、回復の第一歩になるのだと思います。

もし今、

「どうして私ばかり…。」

そう思うことが多いなら、
それは甘えではありません。

長年、家族のために頑張り続けてきた心からのサインなのです。

毒親育ちやきょうだい差別で育った人は、大人になっても無意識に同じ役割を続けてしまうことがあります。
これからは少しずつでも、
「親の人生」と「自分の人生」の境界線を引く練習を始めてみることです。

その積み重ねが、

「私は私の人生を生きていい。」

そう心から思える未来へとつながっていくはずです。

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