夫婦問題で死にたいあなたへ|苦しみの原因と心を軽くする方法

コラム

夫婦問題やモラハラで「死にたい」と追い詰められていませんか?苦しさの原因は夫の言葉だけでなく過去の傷が重なっている場合もあります。夫からの拒絶とあなたの価値は別物です。感情を客観視し苦しみの糸を解く方法をカウンセラーが解説します。

夫婦問題で「死にたい」と思ってしまうあなたへ
――希死念慮を一人で抱えないために

夫婦関係のカウンセリングをしていると、ときどき、

「もう死んでしまいたいです」

という言葉を聞くことがあります。

夫から離婚したいと言われた。

不倫が発覚した。

何をしても夫から否定される。

これから一人で生活していけるのか分からない。

そんな状況が長く続いていると、
「もう生きていること自体がつらい」
というところまで追い詰められることがあるのです。

希死念慮とは、必ずしも「今すぐ死のう」と具体的に考えている状態だけを指すわけではありません。

「消えてしまいたい」
「朝が来なければいい」
「全部終わってしまえば楽なのに」

そんな気持ちも含めて、丁寧に扱う必要があります。

夫婦問題の中で生まれる希死念慮には、いくつか特徴があります。

夫婦問題・不倫・モラハラで「死にたい」と感じるとき

一つは、夫から愛されなくなったと感じた時です。

夫から離婚を切り出されたり、不倫をされたり、「もう女として見られない」と言われたりすると、夫からの愛を失ったことが、そのまま自分自身の価値を失ったことのように感じられることがあります。

長い間、妻として母として家族を支えてきたのに
自分の人生そのものを否定されたような感覚になりますよね。

もう一つは、生活そのものへの不安が、「もう生きていけない」という気持ちを引き起こすことがあります。

夫婦関係が壊れれば、住む場所はどうなるのか。
離婚したら生活費は足りるのか。
子どもを育てていけるのか。
老後はどうするのか。

夫婦問題は、恋愛感情だけの問題ではなく
住居、お金、子育て、仕事、老後という現実的な問題が一気に押し寄せてくるため、

「この先、生きていける気がしない」
というところまで気持ちが追い込まれてしまうのですね。

そして、夫にモラハラをされる中に長く過ごしていると、

日常的に
「お前は何をやってもダメだ」
「お前なんか生きている価値がない」
と否定の言葉のシャワーを浴び続けていることになります。

そして、いつの間にか、自分自身が自分に向かって、
「私は価値がない」
と思うようになることも珍しくありません。

DVやパートナーからの言葉の暴力は、うつやPTSDだけでなく、自殺企図とも関連してしまうのです。

長期間、人から否定され続ける環境そのものが、心に大きな影響を与えるのです。

希死念慮の原因は夫婦問題だけではないことがある

一見、夫婦問題が原因で、
「もう、死にたい」「生きて行けない」と希死念慮が出て来たと思いがちですが、

実は結婚するずっと前から、希死念慮の種が心の中にあった人は少なくありません。

・自分には価値がない。

・役に立たなければ愛されない。

そんな感覚を心の奥に抱えてきてはいませんか?

幼い頃に厳しくしつけられたり、否定されて育って来た人の中には、
安心して甘えたり、自分の気持ちを話したりすることができなかったという場合があります。

そのような、子供の頃の、心の重荷がある場合、
夫から拒絶されたり裏切られたりしたときに、
希死念慮という形で表れることがあるのです。

虐待や、無視などの形で
過去に強く否定された経験がある場合は、
現在誰かから否定されたときに、その言葉が古い傷と重なって、ダブルパンチのように大きな負荷になります。

夫から、
「お前には価値がない」
と言われた瞬間、
夫の言葉だけではなく、それまで人生の中で積み重ねてきた
「私は大切にされない」
という記憶が、一緒に発動してしまうのです。

すると、

夫に愛されない。
私は価値がない。
生きている意味がない。

というところまで、一気につながり、希死念慮となる。

カウンセリングをしていると、目の前の夫婦問題を整理していく中で、
実は本人が長い間抱えてきた傷つきが見えて来ます。

夫婦問題がすべてなのではなく、
それまで何とか持ち堪えて来たものが、
たまたま起こった夫婦の諍いによって表面に出てきた、とも言えます。

うつ状態、経済的困窮、孤立、DVなど、現在の結婚生活の環境そのものが、強く影響していることももちろんあります。

希死念慮は一つの原因に決めつけられず、その人の人生全体と、現在置かれている状況の両方から考える必要があるかもしれません。

「死にたい」を消そうとするより、まず自分を少し離れたところから見る

希死念慮が出てくると、
「生きる意味を見つけなければ」
と、まず思いますよね。

もう一度夫に愛してもらえれば、この苦しみはなくなる。

もっときれいになって夫を見返せば、自信を取り戻せる。

別の男性から愛されれば、自分はまだ女として価値があると思える。

仕事で成功すれば、自分を好きになれる。

そう考えることもあるでしょう。

もちろん、それによって一時的に元気になることはあります。

けれど、それだけでは、また大きなストレスがかかったときに同じ苦しさが戻って来る可能性があります。
希死念慮は、また、出て来るのです。

大切なのは、
「死にたいなんて思ってはいけない」
と気持ちを力ずくで消すことではないのかもしれません。

まず、
「私は今、とても苦しいんだな」
「夫から拒絶されたことで、自分の存在まで否定されたように感じているんだな」
「将来が怖くて、もう逃げ場がないように感じているんだな」

と、自分の状態を少し離れたところから見てみること。

感情の真ん中にいる自分と、その自分を見ているもう一人の自分を作っていく。

これは、希死念慮に飲み込まれないためにとても大切なテクニックです。

もしそれを一人でやることが難しいならば
人に話すことによって、

「私は本当に死にたいのではなく、この苦しさから逃れたかったのだ」
と、だんだんと輪郭が見えてくることがあります。

私は夫婦関係の相談を長く聞いてきましたが、

「死にたい」という言葉が出たとき、その言葉を慌てて打ち消すだけでは、その人が本当に苦しんでいる部分にはまったく届かない…と実感しています。

もちろん、
「死んでもいいよ」
という意味ではありませんが、

「そんなこと言っちゃダメ」
「もっと前向きに考えよう」
では、何の慰めにも解決にもならないんですね。

それどころか
「この気持ちは誰にも話してはいけないんだ」
と、さらに心の闇が深くしかねない。言ってははいけないことだとさえ、思っています。

自分の中にある苦しさを言葉にできることが、すごく重要です。

何に傷ついて、何が怖いのか?
一つずつ整理することで少しずつ、

苦しんでいる自分と、その自分を見守る自分との間に距離を作ることができるのです。

夫に愛されることと、あなたが生きる価値があることは別の話です。

夫が不倫したことと、あなたの女性としての価値も別の話です。

夫から否定されたことと、あなた自身の価値も何の関係もありません。

今は、それがぴったり重なって見えているだけなのです。

その絡まった糸を、一緒にほどいていくことはできます。

「死にたいと思ってしまう自分まで否定されたくない」

そんな気持ちがあるのなら、そこから話して行きましょう。

「死にたい」と思うほど苦しくなった自分を責めるのではなく、

今、自分の心の中で何が起きているのかを知ることから始まります。

希死念慮を抱えている自分そのものが、あなたのすべてではありません。

苦しんでいる自分を
少し離れたところから見つめられる自分も、すでにあなたの中にいるのを、一緒に見つけていきましょう。


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