愛に生きる― 自己成長とは、自分を愛の方向へ育てること ―
「愛に生きる」
この言葉を聞くと、
とても美しく、優しい響きがありますよね。
けれど実際に
愛に生きようとすることは
決して、きれいごとだけでは
済まないものだと
気づくかもしれません。
人を愛したい。
家族を大切にしたい。
夫婦関係をよくしたい。
誰かを許したい。
感謝して生きたい。
そう思っているのに、
現実の中では、
怒りも湧くし、悲しみも湧く。
不安も、孤独も、
時には嫉妬や憎しみさえ
湧いて来ることがありますね。
「私は愛に生きたいはずなのに、
どうしてこんなに心が乱れるの?」
そう感じること、ありませんか?
完璧である必要はない。愛とは自分を育てるプロセス
でも私は、そこからが
本当の「愛に生きる道」だと思っています。
愛に生きるとは、
いつも優しくいられる人になることではありません。
怒らない人になることでも、
傷つかない人になることでも、
何でも受け入れる人になることでもありません。
愛に生きるとは、
自分の中にある恐れの感情に気づきながらも、
それでも少しずつ、
愛の方向へ自分を育てていくことなのだと思います。
たとえば、
一番親しい家族関係の中で
相手を責めたくなる。
わかってほしくなる。
謝ってほしくなる。
変わってほしくなる。
それは、誰だってあることです。
私にもあります。
傷ついた心が、
「私はもう少し大切にされたかった」
「私はわかってほしかった」
と叫んでいるのです。
その声を無視して、
無理に感謝しようとしたり、
無理に許そうとしたりすれば
どうなるでしょう?
単なる犠牲に終わってしまう。
あなたは全く
幸せを感じられないのでは
ないでしょうか?
まずは自分の心を大切に。弱さを受け入れる強さ
本当の愛は、
自分の心を置き去りにしたところには育たないと思います。
まずは、
自分の心を丁寧に扱ってあげること。
自分が何に傷ついたのか?
何を恐れているのか?
本当は何を望んでいるのか?
そこに一つ一つ気づいていくことが、
愛に生きる第一歩だと私は思います。
私たちに大切なのは、
立派な人間、聖人君子になることではありません。
むしろ、その反対。
自分の弱さを知ること。
怒りの奥にある悲しみを知ることなんです。
そして、
その自分を責めるのではなく、
そんな自分を受け入れる。
そこから、人は少しずつ変わっていくような気がします。
自己尊厳と成長の問いかけ
もう一つ大事なことがあります。
それは、自分の尊厳を決して差し出さないことです。
それが愛の道において、決して忘れてはならないことです。
愛とは、
自分も相手も、
魂の成長の方向へ
向かわせる力だということを
覚えておきましょう。
だから時には、
優しくすることよりも、
黙って見守ることが必要。
相手の機嫌を取ることよりも、
毅然と立つことも必要なのです。
愛に生きるとは、
「私は今、愛の方向を選んでいるだろうか」
と、自分に問い続ける生き方そのものなのです。
人は皆、
愛したいと思いながら、
うまく愛せないことがあります。
信じたいと思いながら、
信じきれないことがあります。
けれど、そのたびに、
「ああ、私はまだ学んでいる途中なんだ」
と思えばいい。
何度つまずいても、
もう一度、愛の方へ戻ろうとしさえすれば、
それで十分です。
あなたの人生が、
今日もわ少しずつ
愛の方向へ進んでいきますように。