DV夫を許した理由|自分自身を自由にするための「許し」の考え方

コラム

DVやアルコール依存症に苦しんだ過去。夫を許すことは相手への免罪ではなく、わだかまりを捨て、自分の人生を取り戻すための選択でした。過去の出来事に縛られず、自分を幸せにするために必要な「許し」の概念について、実体験をもとに解説します。これから自身の心を守り、自由に生きるためのヒントとしてお読みください。

アルコール依存症とDV

DVやモラハラをする人には、アルコール依存やギャンブル依存があったり、発達特性や精神的な問題を抱えていたりすることがあります。

相手を理解しようとすることは大切です。

でも、その暴力を受け入れることが愛ではありません。

私は20年前、夫からDVを受けました。
夫はアルコール依存症と診断され、専門の病院につながり、治療を受けてもらおうと必死でした。

「夫がアルコール依存症を治して、変われば、家庭は穏やかになる。」
そう信じて、できることは何でもしました。

けれど、思い通りには何一ついきませんでした。

  • 夫を変えよう。
  • 断酒してもらおう。
  • 家族を守ろう。

そう頑張っていた頃が、一番苦しかったように思います。

やがて私たちは5年間別居しました。
その間、夫には女性ができ、生活費も振り込まれなくなりました。
それでも、私たちは離婚には至りませんでした。

アルコール依存症のDV家庭でも離婚しなかった理由

あれから20年経って、今は夫と対話を重ねながら、穏やかに暮らしています。

「どうして、そこまで変われたのですか?」
そう聞かれることがあります。

私は、その理由の一つは許せたことだと思っています。

「よく許せましたね。」
そう言われることもたくさんありました。

一方で、

「DVだけは絶対に許してはいけない。」
そう強く批判されたことも何度もあります。

私も、暴力は決して良いことだとは思っていません。
当事者ですから、その恐ろしさと危険性を重々しています。

でも、私の考える「許す」は、少し意味が違うんですね。

私は、自分のために許したのです。

「許す」とは?

多くの人は、「許す」とは相手に対して与えるものだと思っています。

悪いことをした相手に対して、
「今回は許してあげる。」
そんなイメージですよね。

けれど、私が体験した「許し」は、それとは違いました。

自分の中に溜まり続けた過去へのわだかまりを、水に流すこと。
それが、私にとっての許しでした。

私の夫は、当時、自分自身の苦しさで精一杯でした。
自分が相手をどれだけ傷つけているかを見る余裕もない状態です。

一方で、一番苦しみ続けていたのは、許せない思いを抱え続けていた私自身でした。

許せない気持ちは、長い時間をかけて、自分の心も身体も蝕んでいきます。
その気持ちは、私を決して幸せにはしてくれませんでした。

だから私は、過去を水に流すことを選びました。

忘れたわけでも、なかったことにしたわけでもありません。

ただ、

もう、その出来事を抱えながら生きることをやめよう。
そう決めたのです。

私にとって許すとは、
相手ではなく、自分自身を自由にすること
だったのです。

そして、水に流すことができるようになるには、
自分を幸せにしてあげなければなりませんでした。

自分の人生を、
自分の手に取り戻し、相手の言動に委ねないようにしなければならなかったのです。

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