家族や大切な人との関係で苦しくなる時、 そこには「境界線」の問題が隠れていることがあります。
境界線に問題を抱える人には、
大きく分けて二つのパターンがあります。
自分の領域に相手を入れすぎる人
一つ目は、自分の境界線の中に、相手を入れすぎてしまう人です。
相手が困っているから。 家族だから。 私がやらなきゃ。 見捨てたと思われたくない。 冷たい人だと思われたくない。
そう思って、本当は苦しいのに引き受け続けてしまう人は
自分の心も体も、いつの間にか限界を超えてしまいます。
たとえば、
親から「お金に困っている」と言われて、本当は自分にも必要なお金なのに、無理をして渡してしまうことがあります。
親は悪気なく、
「子どもなんだから助けてくれて当然」と思っているかもしれません。
子どもの側も、
「断ったら親不孝なのではないか」
と苦しくなって、断れない。
でも、それを続けていると、だんだん心の中に怒りや虚しさがたまっていきます。
親のことを大切に思っているはずなのに、
だんだん会うのもつらくなる。
連絡が来るだけで気持ちが重くなっ関係そのものが苦しくなってしまうこともあるのです。
境界線とは、相手を拒絶する壁ではありません。
「ここまではできる」
「ここからはできない」
それを自分で知ることです。
合言葉は、
「ここから、ここまで」。
自分ができる範囲を知り、その中で関わることは、冷たさではないんですよね。
むしろ、長く健全に愛するために、とても大切なことなのです。
悪気なく相手の領域に入り過ぎる人
そして、もう一つのパターンがあります。
それは、悪気なく相手の領域に踏み込みすぎてしまう人です。
夫婦なんだから。
親子なんだから。
家族なんだから。
愛があるなら、ここまでやってくれて当たり前だよね。
こちらも愛がるから、ここまで頼めるの。
そう思っているうちに、相手の都合や気持ちや人生の領域に、無意識に入り込みすぎてしまうことがありますね。
そして、相手から距離を取られたり、
「それはできない」と言われたりすると、
冷たくされた。
愛されていない。
ひどい。
と深く傷ついてしまうのです。
でも、相手には相手の心地よい距離感があります。
相手には相手の都合があり、
感情があり、
人生があります。
自分が愛だと思って差し出しているものが、
相手にとっては重さになることもあります。
自分の人生と、相手の人生を混ぜすぎないこと。
相手の感情まで背負わないこと。
そして、相手にも相手の境界線があると認めること。
それが、本当の意味で相手を尊重することです。
境界線を守ることは、
愛を減らすことではありません。
自己犠牲の愛は、最初は優しさに見えても、いつか苦しみに変わります。
「私はここまでならできる」
「でも、ここから先はできない」
そう言える勇気は必要です。
そして、相手にも同じように、
「ここから、ここまで」があると認める。
その時、関係は支配や我慢ではなく、
尊重と信頼に変わっていきます。
境界線を守れる人は、 冷たい人ではありません。
自分の安心、静けさ、尊厳を守りながら、
相手の人生も尊重できる人です。
だからこそ、境界線を守れる人は、
本当の意味で人を愛することができ、幸せになれるのです。