親の介護が夫婦関係を悪化させる理由
親の介護問題が、
それまで平穏だった夫婦関係に影を落とすことは、
決して珍しいことではありません。
奥さまが、ご自分の親御さんの介護に没入している間に、
旦那さまが浮気や不倫を始めてしまった……。
あるいは、
旦那さまの親御さんの介護を、
なぜか奥さまが中心になって担わなくてはいけなくなり、
どうしても愛を持てずに苦しんでおられる……。
そのようなご相談も、
これまでたくさん伺ってきました。
介護には、心の問題だけではなく、
お金の問題もついて回ります。
親の介護費用をどうするのか。
どこまで子ども世代が負担するのか。
きょうだい間でどう分担するのか。
夫婦のお金から、どこまで出すのか。
そうした現実的な問題をめぐって、
旦那さまと気持ちがぶつかり合ってしまうことも、
多々あるのが現実だと思います。
「介護なんて、まだまだ先の話」
そう思っている年代の方も、
心構えとして、今日は大切なことをお伝えしたいと思います。
親の介護で夫婦仲が悪くならないために必要な話し合い
それは、
夫婦で本音を話し合える関係を、今から育てておくこと
です。
やはり、親の介護に関しては、
夫婦で腹を割って、本心を、真心をもって話ができるかどうかが、
夫婦仲において大きな鍵になってきます。
表面的な損得勘定だけで話してしまうと、
後から必ず、どこかで苦しくなります。
逆に、
「私さえ我慢すればいい」
「私が全部やれば丸く収まる」
という犠牲心だけで動いてしまっても、
やはり後から心が拗れてしまうことがあります。
介護は、長期戦になることもあります。
最初は善意で引き受けたことでも、
疲れが溜まり、生活が圧迫され、
お金や時間の不安が増えてくると、
人の心は簡単にはきれいごとで片づけられなくなります。
だからこそ、
最初から完璧な答えを出そうとするよりも、
その都度、その都度、
夫婦で話し合っていくことが大切なのだと思います。
親の介護を通して夫婦が同志になっていく
私も今、まさに親の介護世代です。
本当に、夫とはよく話し合います。
もちろん、意見が合わないこともあります。
私自身が、犠牲的になってしまった場面もありました。
「これは本当に私が背負うことなのだろうか」
「どこまでやるのが愛なのだろうか」
「自分の人生や家族の生活を、どこまで差し出すべきなのだろうか」
そんなふうに、
自分の心の中で葛藤することもあります。
けれど、そのたびに、
一つ一つまた話し合いを重ねて、
軌道修正しながら進んでいく。
そうしていくうちに、
夫婦はただの生活共同体ではなく、
人生の厳しい局面を一緒に越えていく
「同志」のような関係になっていくのだと思います。
介護は、きれいごとだけでは済まないことも、
たくさんあります。
人が一人、老いて、少しずつ弱り、
やがてあの世へ旅立っていくまでの道のりには、
家族の心も、お金も、時間も、体力も、
試されるような場面があります。
時には、優しい気持ちになれない日もあるでしょう。
「どうして私ばかり」
「ここまでしなければいけないの?」
「本当は逃げ出したい」
そんな気持ちが出てくることも、
人間として自然なことだと思います。
けれど、その厳しさの中で、
夫婦で悲しみを共有し、
迷いながらも話し合い、
「どうすることが一番愛に近いのか」を
一緒に考えていけるなら、
それは、夫婦にとって深い絆を育てる時間にもなるのではないでしょうか。
親の介護を夫婦の絆に変えていくために
ここまで話し合える関係性は、
今からでも育てていくことができます。
大切なのは、完璧な愛ではありません。
「夫の親を心から愛せない」
「そこまではできない」
そう感じることがあっても、
それは責められることではありません。
もしかしたら、旦那さまの親御さんも、
お嫁さんにそこまでしてもらおうとは思っていないかもしれません。
ただ、ほんの少しの真心を持つこと。
できる範囲で、誠実であろうとすること。
相手を邪魔者のように扱わないこと。
自分の限界を正直に伝えること。
そして、夫婦で一緒に考えようとすること。
それだけでも、十分に真心は伝わります。
どんな形でも、真心は示せます。
ほんの小さな真心の破片を、持つことはできます。
その土台に立って夫婦で話し合えたなら、
難しい介護問題も、
ただの苦労では終わらないのだと思います。
いつか振り返った時に、
「あの時間があったから、私たち夫婦は深くなれた」
「大変だったけれど、やってよかった」
そう思える、人生の尊い経験になるのではないかと、
私は信じています。
介護とご夫婦の問題で、苦しい気持ちを抱えているなら、
どうか一人で抱え込まずに
お話しくださいね。