夫婦問題で自力での解決が不可能な時、無理な好転を目指すと心身が疲弊します。制御できない現状を受け入れ、コントロールを手放して今日一日を安心して過ごすことで心の平安を取り戻す方法を解説します。
「人生には、忍耐の時がある」
人生には、忍耐の時があります。
自分ではもう、どうすることもできない時。
どれだけ考えても答えが出ず、できることはやったのに、状況が動かない時。
嫌で、不安で、怖い。
それでも、自分の力ではコントロールできない。
そんな「待つしかない時間」は、人生の中に確かにあるのです。
そういう時に必要なのは、
無理に前向きになって更に頑張ろうとすることではありません。
信じて祈り、自分だけで抱え込まず、少しずつ力を抜いていくこと。
それもまた、大切な生き方なのだと思うのです。
不安で苦しいのに、何もできない「人生の忍耐の時」
人は問題が起きると、何とか解決しようとしますよね。
例えば、夫の不倫がわかった時。
別居がどうしても解消できない時。
夫の無視が終わらない時。
自分が悪かったことは謝り、
夫婦関係修復に「良い」と言われることは全部したけれど、
夫は変わらないのです。
どれだけ努力しても、自分の力では動かせないことはあります。
相手の気持ちを変えることも
経過を完全にコントロールすることもできない。
そして、未来を予測することも不可能となると、
本当に心が折れてしまいそうになりますよね。
それでも踏ん張って、何とかしようとし続けると、心より先に身体が悲鳴を上げることがあります。
胸が苦しくなったり、
涙が止まらなくなったり
眠れなくなったりしていませんか?
私自身も、夫婦の問題を通して、「もう私にはどうすることもできない」と感じる時間を何度も経験してきました。
そんな時って、頭の中で同じ問いを繰り返しますよね。
・何か見落としているのではないか?(もっと情報を集めなければ)
・まだできることがあるのではないか?(探偵を雇って、証拠を集めるべき?)
今自分が何とかしなければ大変なことになるのではないか。
けれど、いくら考え続けても答えが出ないのです。
「祈る」とは、現実逃避ではなくコントロールを手放すこと
私はそういう時は敢えて、
心と体の力を抜いて「祈る」時間を作ります。
祈ることは、現実的に何もしないことでも、諦めることでもありません。
「ここから先は、私には動かせない」と認め、
できることとできないことの境界を受け入れることなのです。
人が苦しくなるのは、現実そのものだけが原因ではありません。
不安になってはいけない、
もっと前向きにならなければならないと、
自分を追い込むことが、より心を疲弊させてしまうのです。
人は本当に怖い時に、無理に前向きになる必要はないと思います。
これからどうなるのか?が
怖いなら、怖いままでいい。
寂しいなら、寂しいままでいい。
不安な自分を、無理に追い出そうとしなくていいのです。
苦しい胸にそっと手を当てて
「私は今、不安なんだね」
「怖いんだね」
と、自分の気持ちを否定せずに受け止める。
それも祈りの一つだと思います。
祈りは、特別な言葉を唱えることだけではありません。
自分ではどうにもできない現実の中で、自分自身を置き去りにせず、「ここから先は大きなものに委ねよう」と、心の重荷を下ろすことなのです。
不安でどうしようもない時は「今日を安心して終える」ことだけ考える
どうにもできない問題を抱えている時、先のことまで考えると不安は膨らみます。
・この状態はいつまで続くの?
・最悪の事態になったらどうしよう?
占いに頼ってしまいたくなるのも、こういう時かもしれませんね。
けれど、今、人生全体を一度に解決しようとしても、できるわけがないのです。
まずは今日一日、今夜を少し安心して過ごすことだけ。
そこに集中してみましょう。
お金をかける必要はありません。いつものようにお風呂に入ったり
温かい飲み物を飲んだりして
心がリラックスできることを少しだけ、やってみます。
そして、椅子に座ってでも
横になってでも良いので
心の中の、神様にこう話しかけてみます。
神様。
- 私の心にある苦々しい思いを、少しずつ取り除いてください。
- 夫に向けてしまう冷たい視線を取り除いてください。
- 私の傷ついた心を癒してください。
- 閉じてしまった私の心に、新しい愛を生じさせてください。
- 私の内側に揺るがないパワフルな平安を与えてください。
- 今日の不安に押しつぶされず、明日も生きていける希望をください。
- 私にはどうすることもできないことを、あなたに委ねます。
- 私の心を守り、必要な時に必要な力を与えてください。
祈ったからといって、すぐに心が変わらないかもしれません。
夫に対する冷たい視線が、すぐに温かなまなざしに変わるなんて
信じられないかもしれません。
それでも、何度も願い続けることには意味があります。
相手を変えようとする祈りではなく、
自分の心が癒され、愛に満たされるように祈る祈りは、
近いうちに
必ず自分の中に変化を起こします。
「もう一度、愛を感じられる心になりたい」
そう願うこと自体が、心の扉を少し開くからです。
今すぐ愛を感じられなくても大丈夫です。
人生には、自分で切り開く時もあれば、動かずに信じる時もあるのです。
忍耐の時間とは、力を抜いて大いなるものに委ねる力を育てる時間なのかもしれません。
信じること、待つこと、そして自分では動かせないものを手放すこと。
それもまた、大切な人生の学びです。
自分自身が、傷んでいるもう一人の自分のそばにいてあげてください。
苦々しい思いも、冷たい視線も、傷ついた心も、すぐに変えようとしなくていいのです。
そのまま神様の前に差し出して、
「私の心をやわらかくしてください」
と願ってみましょう。

