介護後の虚しさはアネドニア?心が楽にならない原因と回復法

コラム

介護が落ち着いたのに何も楽しくない原因は、長年の緊張による「アネドニア(喜びの喪失)」かもしれません。うつ病との違いを理解し、無理に楽しもうとせず日常の小さな安心感から自分を取り戻す方法を解説します。

施設に入ったのに、ラクになれない――介護家族に起こるアネドニア

「ずっと大変だった親の介護が、老人ホームへの入居によって、ようやく少し落ち着いた」

「前より時間もできた」

「これで少しは自分のことができる」

そう思っていたのに、なぜか何もしたくない。

旅行に行きたいとも思わない。

欲しいものもない。

仕事で何かうまく行くことがあっても、前ほど嬉しいた感じない。

人から見れば、ようやく楽になったはずなのに、自分の中には妙な虚しさが残っている…ということはありませんか?

介護が大変だった時には、あれほど「自由になりたい」と思っていたのに、いざ少し自由な時間ができると、その自由をどう使ったらいいのかわからない。

そんな虚しさを感じる状態を、
「アネドニア」と呼びます。

介護が落ち着いたのに何も楽しくない――アネドニアとは?

アネドニアとは、以前は楽しめていたことに楽しさを感じられなくなったり、「やりたい」「楽しみたい」という気持ち自体が弱くなったりする状態を指します。

日本語では、「喜びの喪失」「快楽消失」などと表現されます。

たとえば、以前ならワクワクしていた友人とのランチ会も、
気持ちが向かなくなったり。

好きだった趣味をやっても
つまらない。
こんなことをやっていて、意味はあるのか?と思ってしまう。

ここで大切なのは、
アネドニアは症状であり、うつ病という病気とは違う
ということです。

うつ病は、気分の落ち込みに加えて、睡眠の変化、食欲の変化、強い疲労感、集中力の低下、罪悪感や無価値感など、
複数の症状があります。
それも一定期間続き、
日常生活に影響が出ている状態を総合的に判断して診断されます。

「最近、何をしても楽しくない」
というだけで、
「私はうつ病だ」
と判断することはできません。

アネドニアは、うつ病の症状のひとつとしてはありますが、
アネドニアがあることと、
うつ病であることはイコールではないのです。

介護をしてきた家族の場合には、長期間のストレスや疲労によって、一時的に「喜びを感じにくい」「何もしたくない」という状態になることがあります。

自分は鬱病ではないのか?
と、病名を決めつけるよりも、

「いつからこうなったのか」
「睡眠や食欲はどうか」
「仕事や家事はできているか」
「気分の落ち込みも続いているか」
「以前楽しめたことが、どの程度楽しめなくなっているか」

と、自分の状態を丁寧に見ていくことが大切です。

もしかしたら、鬱病ではなくて、
アネドニアという状態が起こっているだけということもあるからです。

なぜ介護家族はアネドニアになるのか――終わりの見えない緊張と介護疲れ

介護の大変さは、単純な忙しさだけではありませんよね。

一番消耗しやすいのは、先が見えないことなのではないでしょうか?

いつまで続くのかわからない。
今より悪くなるかもしれない。
転倒するかもしれない。
入院するかもしれない。
認知症が進むかもしれない。

施設に入れたとしても、やらなければならないことはありますし、心配は尽きません。
この先、何が起こるかわからない
緊張が続くこともあります。

こうした不確実な状況の中で、家族は心のどこかで、警戒体制を続けているのです。

私自身も、家族の病気や介護に関わる中で、この「いつ何が起きるかわからない」という緊張を長く経験してきました。

大変な出来事が起きている時には、不思議と動けるんですよね。

連絡が来れば対応するし、必要なことを調べるし、病院へも行く。

目の前に「やるべきこと」がある間は、それをこなすことに集中できます。

ところが、老人ホームやその他の施設への入居が決まり、少し落ち着いた頃になって、違う疲れが出てくることがあるのです。

「やっと少しは楽になれる」
そう思ったのに、何もしたくない。
欲しいものもしたいことも思いつかない。
楽しみにしていたことにも、気持ちが向かないのです。

アネドニアの症状を自覚して
そこで初めて、自分がどれほど長く緊張していたのかに気づくこともあります。

人は、危機の最中に疲れを感じるとは限りません。
走っている間は走れるのです。
立ち止まった時に、初めて身体や心の重さに気づける。
介護も、それとよく似ているかもしれません。

老人ホームに入居したからといって、家族の心はその日に介護生活から解放されるわけではないんですね。

介護が一段落すると、

「もう自由なんだから元気にならなくちゃ」

「時間ができたんだから何か始めなくちゃ」

と、自分を急かしてしまうこと、ありませんか?

けれど、長い間ずっと家族を優先してきた人が、自分の人生の感覚を取り戻すには時間が必要。

焦らなくていいのです。

アネドニアから自分の感覚を取り戻す

何も楽しくないと感じた時、無理に楽しいことを探さなくて大丈夫です。

旅行に行けば元気になる。
新しい趣味を始めればいい。
せっかく自由になったのだから楽しもう。

それがうまく行く場合もありますが、かえって負担になる場合もありますよね。

そんな時は、
「私は、どれくらい長い間緊張していたのだろう」
と振り返ってみることです。

いきなり、大きな喜びを取り戻そうとせず、

お茶がおいしかった。
よく眠れた。
風が気持ちよかった。
日常の会話の中で少し笑えた。

そういう小さな幸せの感覚を拾うことからはじめましょう。

「楽しくならなくては」と頑張るより、
「今、少し気持ちよかった」
「今、少し安心した」

という感覚を取り戻していくのです。

同時に、
「介護疲れだから、いつか治るだろう」
と放置しないことも大切です。

何も楽しめない状態が長く続くと、
不眠や食欲の変化が起こり、
疲労感、集中力の低下、自分には価値がないという感覚まで重なって、どんどん悪化する危険もあります。

日常生活に支障が出て来ると、それは専門家に相談するレベルになります。

アネドニアは、うつ病ではありません。

でも、うつ病の重要なサインのひとつでもあり、放置するとうつ病につながる可能性も秘めています。

この二つを混同せず、自分の状態を丁寧に見ること。

介護をしてきた人は、家族の状態にはとても敏感なのに、自分の変化には鈍くなっていることがありませんか?

「私は最近、何かを楽しいと感じただろうか」
 
ということを後回しにしないでください。

老人ホームに入居して直接的な介護が減ったタイミングは、
今度は自分自身の状態を見る番なのかもしれません。

「長い緊張の後で、私は今どんな状態にいるのだろう」

と自分に目を向けてみる。

そこから、自分の人生の感覚を少しずつ取り戻していくご自愛を、忘れないようにしましょう。


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