出産費用の自己負担や個室・無痛分娩の希望を「妻の贅沢」と言い切る夫。その心理背景には共感性の低さや父親意識の未成熟さがあります。自分を責めず、境界線を引いて自分の気持ちを明確に伝える対処法を解説します。
出産費用の自己負担を「妻の贅沢」と考える夫
共働きで、夫婦のお財布を別々にしている家庭は、今ではそれほど珍しくありません。
生活費を分担し、それぞれ自分のお金は自分で管理する。
それ自体は、夫婦が納得しているのであれば問題ないと思います。
ところが妊娠・出産となると、少し話が変わってきますね。
現在、出産育児一時金は子ども1人につき原則50万円です。直接支払制度を使った場合、出産費用が50万円を超えれば、その差額を窓口で支払うことになります。
そして今、正常分娩の費用そのものが相当に上がっています。
「50万円も出るんだから、それ以上かかるのは贅沢でしょ」
とは、単純には言えないのです。
それでも、
「50万円を超えた分は妻が出せばいい」
「個室を希望したのは妻なんだから、妻のわがまま代」
「無痛分娩にしたいのも本人の希望なんだから、自分で払えばいい」
と考える夫がいます。
ここだけ聞くと、
「そんな夫、本当にいるの?」
と思う方もいるでしょう。
けれど私はこれまで夫婦問題のカウンセリングをしてきて、それ以上のケースにも出会ってきました。
妻が出産のため入院することになったとき、
「じゃあ、その間の俺の飯はどうするんだよ?」
と言う夫。
妻が里帰りしている間、
「俺は一人で家のことをやっていたんだから、頑張ったのは俺の方だ」
と主張する夫。
中には、妻の里帰り中や出産入院中に風俗へ行くことを当然のように考える人もいました。
妻が、
「出産って、本当に痛いんだよ」
「身体だって大きなダメージを受けるんだよ」
と訴えても、
「だったら産まなきゃよかったじゃん」
「妊娠しなければよかったんじゃない?」
「自分が欲しくて産むんでしょ」
と言ってしまう。
妻にとって傷つくのは、お金そのもの以上に、
「この人は、私がこれから命を産もうとしていることを、どう受け止めているのだろう」
という絶望なのだと思います。
夫の心理学。なぜ妻の出産を「自分とは関係ないこと」にできてしまうのか?
こういう夫には、いくつかのタイプがあります。
①一つは、もともと他者の痛みを想像することが苦手で、自分の負担や不利益を中心に物事を考えるタイプです。
妻がつわりで苦しんでいても、
「俺だって仕事が大変」
妻が出産を怖がっていても、
「俺だって生活費を払っている」
妻が産後ボロボロでも、
「俺だって寝不足」
と、すべてを「どちらが大変か」という競争にしてしまうのです。
これは夫婦関係ではかなり厄介ですよね。
なぜなら、本来愛するということは、
相手の痛みを、自分と同じ痛みではなくても想像しようとすること
だからです。
②もう一つは、大人の男性として「家族を引き受ける」という感覚がまだ十分育っていないタイプです。
結婚しても、
子どもができても、
意識はどこか独身時代のままなのです。
「俺のお金」
「俺の時間」
「俺の自由」が中心にあり、
出産も、「妻がすること」。
育児も、「妻の担当」という認識になっています。
思いやりのない発言や、
相手を傷つける言葉を安易に口にすることで、
「夫はもしかして、発達障害なの?」と感じることがあるかもしれません。
確かに、発達特性によって、相手の意図を読み取りにくかったり、視点の切り替えが苦手だったりする人はいます。
しかし、
共感性の乏しさ=発達障害
暴言を吐く=発達障害
とは言い切れません。
大切なのは診断名ではなく、
今、この夫が妻と子どものために、どれだけ自分以外の人間の痛みや状況を想像できているか?
を冷静に見てみることかもしれません。
無痛分娩や個室は本当に「贅沢」なのか
最近は無痛分娩を選ぶ女性も増えています。
無痛分娩は、文字通り、100%まったく何も感じなくなるわけではありません。
一般的な硬膜外鎮痛は、陣痛の痛みを大きく軽減する方法ですが、痛みの感じ方には個人差がありますし、身体の状態によっては実施できない場合もあります。
出産は、本当に何が起きるかわかりません。
一生のうち、何十回も経験するものでもないのですから
「できれば個室で休みたい」
「トイレのある部屋がいい」
「無痛分娩を選びたい」
「設備の整った病院で産みたい」
という希望することを、私は「わがまま」とは思いません。
私自身、4人の子どもを出産しました。
出産後の入院中というのは、豪華な食事やエステがあったからといって、
「わあ、ホテルみたい。最高!」
と浮かれていられるような状態ではありませんでした。
会陰の傷や後陣痛で身体は痛いし、寝不足です。
授乳や生まれたばかりの赤ちゃんのお世話でそれどころではないのです。
トイレへ行くだけでもしんどい現実がありました。
だから、
他の赤ちゃんの泣き声を気にせず少しでも眠れて、
トイレが部屋についている個室を選ぶことは、
私自身の経験から言っても、人生を振り返ったときに
「なんという贅沢をしたんだろう」
という種類の話ではないと思っています。
むしろ、出産する女性が
「私はここで産みたい」
と希望を口にすることは、もっと堂々としていいとさえ思います。
私は自分が出産した頃、
「昔の農家の嫁は、産むその日まで畑仕事をしていた」
「つわりは気持ちの問題」
「出産なんて安全第一。病院は、近ければそれでいい。部屋がどうとか、食事がどうとか、そんなことは関係ない」
そんな価値観を、周囲から言われた経験があります。
でも今振り返ると、
出産する本人の希望が、もっと尊重されてもよかったと思っています。
夫を変えようとするより、自分の希望と境界線を伝える
では、
「出産費用なんて妻が出せばいい」
と言う夫を、どうしたらいいのでしょう?
残念ながら、一度話し合えば夫が
「そうだったのか。俺が間違っていた。全部払うよ」
と劇的に変わるとは限らないでしょう。
もともと自分中心に考える傾向が強い人は、子どもが生まれたあとも、
夜泣き、
オムツ、
家事、
妻の体調、
保育園、
教育費、
さまざまな場面で同じ性質が出てくる可能性があります。
「夫は普通こうするべき」
「父親ならこれくらい当然」
という正論だけをぶつけ続けても、夫婦ともに疲弊しで行くだけです。
こんな時、まず必要なのは、
この人は、今はこういう価値観なのだ
という現実を冷静に受け入れることです。
それは、夫の価値観に従って我慢しろ、ということではありません。
相手の価値観と、自分の価値観を分けるのです。
そのうえで、
「あなたがどう思うかとは別に、私はこう感じています」と伝える。
例えば、
「個室に入りたいのは贅沢したいからじゃない。出産後に少しでも身体を休ませたいからです」
「無痛分娩を選びたいのは楽をしたいからではなく、私自身が安心して出産に臨むためです」
「出産費用を全部私個人の費用と言われると、この子は二人の子どもではないのかな、と私は悲しくなります」
こういう「自分の気持ち」を伝えた上で、
理解されるかどうかまで、こちらでコントロールしようとしないことです。
「どうせ理解されないから言わない」ではなく、
理解されなくても、自分の気持ちは自分のものとして伝えることまでは試みてみましょう。
親だって、子どもと一緒に育っていく
ここまで読むと、
「そんな夫、最低!」
「そんな器の小さい男とは別れた方がいい」
と思う人もいるかもしれません。
もちろん、お金を与えず生活を支配する、暴言や威圧が続くなど、安全や尊厳を脅かす状態であれば、「夫の成長を待ちましょう」で済ませてはいけないケースもあります。
けれど私は、
人間には成長する余地もあると思っているんですね。
愛する能力は、生まれたときから全員が同じ量を持っているとは限りません。
育った家庭も
親から受け取ったものも違うのです。
もしかしたら、人の痛みを想像する経験も違うかもしれません。
だからスタート地点は、人それぞれなのです。
そして子どもを持つということは、親自身が育てられることでもあります。
人は皆、最初から、親なわけではありません。少しずつ親になって行くものなのではないでしょうか?
夜中に泣き止まない子を抱き続け、
熱を出した子どもを心配し、病院へ駆け込み、
そういう経験を積み重ねる中で
「親」になって行く。
自分のことしか考えられなかった人も
「この子のためなら」
と思えるようになることもあるのです。
もちろん、妻が犠牲になって夫を育てなければならないという話ではありませんが、
ただ、今の夫の未熟さだけを見て、
「この人間は一生このままだ」
と決めつける必要もないと思うのです。
愛する能力は、育てていくものです。
妻も育つ。夫も育つ。
そして子どもからも育てられるのです。
だからこそ出産という大きな出来事の前で、
「誰のお金なのか」を争うのではなく、
これから私たちは、二人でどんな家族になりたいのか。
そこまで話せる夫婦になっていけたらと思います。
出産は、妻一人のイベントではありません。
女性が身体を使って産むことは間違いないのですが、
生まれてくるのは、二人の子どもですよね。
そのスタート地点で妻が欲しいのは、豪華な病院部屋やサービス以上に、
「二人で迎えよう」
という夫の愛のある姿勢なのかもしれませんね。

