離れて暮らす親やパートナーに対し何もできない時は、祈りやヒーリングが有効な手段となります。相手を変えようとする過度な介入を手放し、遠くから幸福を願うことで相手を尊重しつつ自分自身の疲弊した心も整えられます。心の余白を取り戻す選択肢です。
家族に送る祈りとヒーリング
何もできない時にも、できることがある
家族のことが心配なのに、何もしてあげられない時があります。
遠く離れて暮らす親。
自立して、もう自分の生活を歩いている息子。
単身赴任で離れて暮らす夫。
病院に入院していて、そばにいることのできない家族。
あるいは、喧嘩をして家を出てしまった夫や、今は別居している夫ということもあるでしょう。
どうしているのだろう?
大丈夫かな?
これからどうなるのだろう?
何とかしてあげたい。
けれど人生には、自分にはどうすることもできないことがありますよね。
そんな時は、
その人のために祈る。
それも一つの愛の形なのではないでしょうか。
###祈りは、遠く離れていてもできること
祈るというと、宗教的なものを思い浮かべて敬遠する人もいるかもしれません。
でも、そんな深刻に考えず、もっとシンプルに考えてみませんか、
「今日も無事でありますように」
「痛みが少しでも和らぎますように」
「ちゃんと眠れていますように」
「幸せな気持ちで過ごしていますように」
ただ、その人を思い浮かべて、幸せを願う。
それは特別な宗教に関係がありません。
実際、祈りについては医学の世界でも研究されたことがあります。
1980年代のアメリカでは、心臓病の集中治療室に入院した患者393人を二つのグループに分け、一方の患者たちには、本人たちの知らないところから祈りを送るという研究が行われました。
その研究では、祈りを受けたグループのほうが、入院中の経過を評価するいくつかの指標で良い結果を示したと報告されています。(ストリート・ウィットネス・ドキュメント)
もちろん、「祈れば病気が治る」と科学的に断定することはできませんが、
目には見えない祈りというものを、医学者たちも真剣に研究してきた経緯があるほど、
無視できない効果を、多くの人が感じているのです。
相手を変えることではない
また、祈りとは別に、ヒーリングという言葉もあります。
私はヒーリングを
何か不思議な力で相手を治すこととは思っていません。
大切な人を心静かに思い浮かべて、
必要な癒しがありますように。
あなたの人生が穏やかでありますように。
そんなプラスの思いを向けることが、ヒーリングの本質だと思っています。
特に家族の問題では、心配が大きくなるほど、
「こうなってほしい」
「こうしてほしい」
「早く元に戻ってほしい」
と、知らず知らず相手を自分の思う方向へ動かしたくなるものです。
でも、ヒーリングは違います。
相手をコントロールするのではなく、その人の人生を尊重しながら
ポジティブな応援エネルギーを送るイメージです。
遠くに住んでいる息子なら、
「あなたなら大丈夫」と信頼の土台に立ちながら。
単身赴任の夫なら、
「今日も一日お疲れさま。ゆっくり眠れますように」
穏やかな日常を感謝と共に。
病院にいる親なら、
「今日が少しでも痛みや苦しみから守られるように」と。
別居している夫なら、
「あなたの人生が最善に進みますように」と、少しだけ執着を手放してみましょう。
###自分自身の心も整えてくれる
そして祈りやヒーリングには、もう一つ大切な意味があります。
それは、
祈っている側、ヒーリングを送る側の自分の心が整い、癒されて行くことです。
家族を心配している時、
私たちの頭の中は忙しくなりますよね。
どうなるんだろう?
大丈夫なのかな?
私が何とかしなくてはいけないのではないか?
考えれば考えるほど、心は緊張し疲弊していきます。
そんな時、
一度すべてを手放して、
「必要な癒しがありますように。
最善がなされますように。」
と祈ってみる。
どんな癒しか?どんな最善か?は、神さまにお任せするつもりになると、自分の執着が手放せます。
自分ではどうすることもできないものを握りしめていた手が、少し緩み
何とかしなくていい。
答えを出さなくていい。
今日はただ、祈るだけでいい。
そう思えるだけで心に少し余白ができるのです。
愛には、何もしないという形もある
家族を愛するということは、
いつも何かをしてあげることではないんですね。
会いに行くことでも、
世話をすることでも、
説得することでも、
問題を解決することせず
何もしないで、
ただ遠くから幸せを願う。
そんな愛もあるのです。
会わない方がいい時。
距離を置いた方がいい時。
そんな時にも、
愛を送ることはできます。
それが祈りであり、遠くから送るヒーリングなのです。
そして最後に、
家族に向けたその優しい祈りを、
自分自身にも向けてあげてください。
「私も今日一日、よく頑張ったね」
「私の心も穏やかでありますように」
「私も幸せでありますように」
家族を思うことと同じくらい、
自分自身を思うことも忘れないでください。
何もできないと思う夜には、
祈るだけでいい。
それでも、あなたはもう、十分にやっているのです。

