義母の言動が許せない、夫にも理解されず苦しいあなたへ。愛に生きるとは我慢することではなく、自分の行動で境界線を引くことです。義母に人生を振り回されず、心の平和を取り戻すための考え方と具体的な対処法を解説します。
義母が許せない…あなたへ。「愛に生きる」とは我慢することではない
義母に言われた一言が、何年経っても忘れられない。
こちらが傷ついているのに、義母本人は何とも思っていない。
距離を取りたいのに、どんどんこちらの生活に入ってくる。
「義両親とも良い関係でいたい」
「愛のある関係性でありたい」
そう願って頑張って来たからこそ、自分の心がすり減り続けてはいませんか?
そして一番つらいのは、
「あなたのお母さんにこんなことを言われたの」
と夫に話しても、
思ったようにはわかってもらえなかったことかもしれません。
義母との関係で苦しんでいる女性は、とても多いです。
私は、
「義母を許しましょう」
「感謝しましょう」
「悪気はなかったと思いましょう」
と、簡単には言いたくありません。
それほど、ひどい扱いをされて来たお嫁さんも、未だにたくさんいらっしゃるからです。
愛に生きるということは、
傷つけてくる人を無条件に受け入れ続けることではありません。
義母が許せないのは、あなたの心が狭いからではない
義母との関係がつらくなるのは、
単に「性格が合わない」からとは限りません。
こちらの意思を無視して予定を決める。
家庭のことに口を出す。
「心配している」と言いながら、問題に介入してくる。
断っているのに押してくる。
嫁ならこれくらい当然、という前提で負担を求めてくる。
こうしたことが続けば、
怒りが湧くのは当然です。
しかも厄介なのは、
義母との問題なのに、それが夫婦喧嘩発展しやすいことです。
妻が、
「お義母さんのあの言い方はおかしい」
「私はすごく傷ついた」
と夫に訴えても、
「そんなつもりじゃないよ」
「おふくろも年だから」
「悪く取りすぎじゃない?」
と言われてしまう。
すると、
「義母に傷つけられたこと」
に加えて、
「夫にもわかってもらえなかったこと」
まで傷として残ります。
義母との関係が、
夫婦の信頼関係まで壊してしまうのは、こういう時なのです。
義母を変えようとすると、ずっと義母に人生を握られる
私自身も、義母との関係の中で、
「どうして、そんなに息子の家庭に入り込んで来ようとするのだろう?」
と思うことがありました。
そして
義母の言動がどれだけ理不尽で
私がどれだけ嫌な思いをしたか、
夫にわかってもらいたい気持ちも
ありました。
でも、ある時からこう思うようになりました。
夫にとっては、
大切な唯一の母親。
親子には親子の歴史がある。
妻の私から見れば明らかにおかしいと思えることでも、
夫にとっては子どもの頃から見慣れた光景なのだ、と。
「あなたのお母さん、おかしいよね?」
という議論をぶつけても
決着がつかないどころか、
そう感じる自分の方がおかしいと、否定されることさえあります。
一番大事なポイントは、
義母の価値観も、
性格も、
人との距離の取り方も、
基本的にはこちらには変えられないということです。
義母の言動に腹を立て続けていても
結局、自分の心の平和が失われるだけ。
「義母がどう振る舞うか」
によって振り回される人生になることの方が、よっぽどもったいないのです。
だから必要なのは、
義母の言動に注目し続けることではなく、
「この人が変わらないとして、私はどう生きるのか」
を決めることなのではないでしょうか?
義母との境界線は「説得」ではなく「自分の行動」で引く
境界線というと、
「もう口を出さないでください」
「もう縁を切らせていただきます」
と相手に言うことだと思われがちです。
でも本当の境界線は、
相手を自分に従わせることでもありません。
「ここから先は、私は引き受けない」
と、自分の行動を決めることです。
たとえば、
義母から無理なお願いをされた。
以前なら、
断ると機嫌を悪くされるからモヤモヤしながら引き受けたところを
「今回はできません」
と断ってみる。
さらに押してきても、
理由を延々と説明しない。
義母が不機嫌になっても、
その不機嫌を解消する役まで引き受けない。
これが境界線です。
グイグイ境界線を越えてくる人ほど、
説明すれば納得してくれる
と思わないほうがいいことがあります。
こちらが十説明すると、
十一個目の反論が返ってくることもあるからです。
そんな時は、
「できません」
「今回は行きません」
「その件は私たちで決めます」
と、短く伝える。
そして行動を変える。
私はこれがとても大事だと思っています。
はじめは、「言うことを聞いてしまった方が楽なのではないか」
と思うほど、
反発を受けたり、悪口を言われたりするかもしれません。
けれど、相手が自分の思い通りにはならない経験をすると、
次からの言動が、少しずつ変わって来る可能性が高いのです。
「愛に生きる」とは、傷つけられたことをなかったことにして、
相手に尽くし続けることではありません。
愛に生きるとは、
義母を無理に許すことでもない。
何をされても笑って受け入れることでもない。
嫌なことを嫌だと認め、
自分を守るべき時には守り、
それでも自分まで「憎しみ」「恨み」だけの人間にはならない。
その選択なのです。
「私はあなたを変えられない。
でも、
あなたの言動によって
私の人生の在り方は振り回されない」
そう決めることです。
義母に何を言われたとしても、
私はどんな妻でいたいのか。
どんな母親でいたいのか。
どんな人間として生きていきたいのか。
そこが大事です。
相手ではなく、
自分の生き方なのです。
それが、
義母との関係に振り回されないための
一番大きな境界線です。
義母との関係で苦しんでいる時、
「許さなければ」
「仲良くしなければ」
と思いすぎることなく、
でも「もう二度と口をきくもんか」といきなり拒絶することなく、
まず必要なのは、
自分が何を嫌だったと思っているのか。
どこまでならできて、
どこからはできないのか。
そこを自分自身がわかってあげることです。
憎しみや恨みで
心を暗くしている時間が長ければ長いほど、
せっかくの人生が、義母によって消耗して行きます。
憎しみの人にならないために。
自分の心をもっと、大切に扱って行きましょう。